病気の友人に贈った、赤いタオルの思い出
Tさんとは、同じ建物の住民同士という間柄でした。男性で独身。飲食店経営。その程度のことは知っていましたが部屋も離れているので顔を合わせることも、ほとんどありませんでした。
あれは、オリンピックがアテネで開かれた年でした。
私は、体調を崩していました。同じ頃、癌が見つかったTさん。病院に行くTさんと、偶然会って、話が弾み、一挙に仲良くなりました。
Tさんは、本人は何も言いませんでしたが心は女性でした。薄々知ってはいましたが話してみると、デリケートで、淋しがり屋でした。
私は、夏が終わる頃、元気になりました。それで、益々、Tさんにも元気になって欲しいと、心の底から願いました。
ですから、11月になって、Tさん自身から「もう残された時間は、ありません」と告げられたときは、言葉が出ませんでした。
私は、ただ見舞いに通いました。
夕方、病院を出ると、初冬の風が頬にあたり、涙を冷やしてゆきます。
明日は、もう会えないかもしれない。
せめて、一時でも楽しい気持ちになってほしい。
翌日、私は六本木のホットマンへ行きました。Tさんへのクリスマスプレゼントを買うために。
店内は、いつものように落ちついた品のよさが漂っていました。
あれこれ、美しい商品を見ながら、赤いハンドタオルが一番良いと思いました。
サンタクロースの縫取りが笑顔を誘ってくれたのです。
丁寧に包まれたタオルを持って、何時になく和やかな気持ちで病室へ入りました。
Tさんは、ベッドから身を起こして、包みを開きました。
「ホットマンのタオル。大好きなんです。手触りがビロードみたいで・・・。」
その日のTさんは饒舌でした。
お店の人が優しくて、上品なこと。店内が明るくて清潔なこと。
私たちは女子高生のように、おしゃべりを楽しみました。
「また明日ね。」
Tさんはタオルを握りしめた手を振っていました。
それが永遠のお別れになりました。
クリスマスが近づくと、あの日のTさんの無邪気な笑顔と、ホットマンの赤いタオルを思い出しています。
東京都Y様